Looking-glass Insects,地下の秘密基地にて.
間宮「はぁ? なら古い本から学べる事なんてあるの? そういうのを読むのが老害なんだよ」
ざくろ「老害……」
違うと思うけど…使い方…….
でも……やっぱり,違うんだ…….
ここはたぶん違う…….
ざくろ「マーマレードの空き瓶じゃないよね……」
ここは不思議の国に通じるウサギの穴でもなんでもないんだ…….
でも,何だか私には最初間宮くんが不思議に見えた.
何か惹かれるようなものがある様な気がして……此処に来てしまった.
間宮くんはとても謎めいている様に見えたけど…….
でもそんな事もないんだ…….
なんか……知ってみたらつまらないもの.
とてもつまらないものだった…….
以下,帰りの電車にて.
間宮くんか…….
正直がっかりだった…….
ざくろ「がっかりか……」
何を期待してるんだか…….
何を期待したのですか?
今日いう日の選択肢を大々的に私は何も誤っていない.穴ぼこだらけの日常が,いっぱいの花束の様な人生に変わるようなタイミングなどなかった.
そうだったかなぁ.間宮くんの秘密基地はそこに辿り着くための経路とかやたら天井の高い空間とか発電とか迷彩カーテンとかけっこう面白いんだけどさ.
ざくろさんが何にがっかりしたのかは判りにくい.一つは「やっぱり,違うんだ……」と結論から入っちゃうから.がっかりした気分が先にあるように感じられる.あとはざくろさんが「マーマレードの空き瓶」つまりアリスみたいな世界を期待しちゃって,それが裏切られたとも読めるのだけど,この面白げな地下がアリスみたいな世界ではないと言える理由は特に触れられていない.
あるいは「やっぱり,違うんだ……」の直前までのやりとりでは,間宮くんがライトノベル好きで古い本から学べることはない,って言い切っていて,謎めいたところもなく世間話的に好悪を断ずるのがアリス的にはお気に召さなかったのかもしれない.
SNSからのメールはよく知らない男の人からの承認申請が来ている…….
「アリスとか好きなんだね.チェシャ猫ちゃんってヤン・シュヴァンクマイエルの『アリス』は見たの?」
ちなみにチェシャ猫が私のHN.
「少し芸術性が高い映画だけど,チェシャ猫ちゃんは聡明だし感受性が高いから気に入ると思うよ」
残念ながら,私は聡明でも感受性が高いわけでもありません.
話題がアリスだったらいいというわけでもないのだ.どうすりゃいいの? 僕らの感情は難しい.
屋上にて.
……なんであんな場所に間宮くんが…….
間宮「ごめん……ボクは結構人覚えるの苦手なんだよね……」
ざくろ「そうなんだ……」
それにしたって……昨日の事じゃない…….
なんかどうでもいい人だったけど……覚えられてないと思うとなんとなくムッとする…….
なんだろ…….
昨日別れた時は,あんなに煩わしい声だったのに……今は間宮くんの声が違って聞こえる.
同じ声なのに…….
間宮「ここって結構涼しくない?」
不意を打たれたり,ムッとしたりで昨日の感情がリセットされてるわけです.あとはお天気晴れ.よい風の吹く高い場所.地下とはぜんぜん違う.声が違って聞こえても変じゃない.
ざくろさんは出会いに際して好き嫌いのわけをきれいに言語化しようとする人ではない.分別とか主張とかしなくていい.僕はぼんやりと日々を過ごすこの態度がそのまま彼女の幸福に繋がっていてほしいと思う.お姫さまみたいに生きられたらいいんじゃないかなぁ.
ざくろさんは地下の間宮くんとSNSの男を回避した後ようやく屋上の間宮くんからロダーリの本を受け取る.昔話の少女のように二つの罠をくぐりぬけ三つ目に辿り着いた場所,そんな風に思えるのかもしれないね.心地よい屋上の空気をつかみとる健康な魂にこそ幸あれだ,と不健康な魂は願う.
「晴れの似合う少女にこそ幸あれ」
(ジャン=ロタール)
ところで,好きな子の言葉を写経するのはそれだけで楽しいですよね.