きみはね ~彼女と彼女の恋する1ヶ月~

ああ、かわいい……。

あとは絵を取り扱う手さばきの良さ。というのはですね、冒頭の倫がはじめて画面中央に登場するところ。

立ち上がるとすらりと背が高い。

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二人が立っているところに、いちばん身長の高い三人目が登場する。それまで右下に小さく出ていた人がにゅっと高く伸びて出てくる。三人並んだときの身長差から、立ち絵っていうのは縦長に描かれた人の絵なのだよなぁ、ということをたちまちに感じる。ゲームがはじまって最初に見せるべき絵がこれなのね。立ち絵というのをまずは表情とか細かい所作を見せるためのものではなく、縦に長い絵であるという形から扱ってゆく。

そう思ってたらたたみかけるようにこれですよ。

やれやれといったていで身をかがめる倫。

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立ち絵が垂直に下がるのでした。わお。

立ち絵で身長差を表現することは別に他にないわけではないのですが、冒頭から立ち絵の形状を使って組み立ててゆく無駄のない速度に魅了されました。

それでじっくり見てると、三人とも身長差あるのにスカートのラインは一緒でね。これも絵として決まっています。立ち絵として見切れるラインで揃ってる。立ち絵で画面を構成することの魅力を感じる幕開けでした。

あと陽菜さんのユニオンジャックのマフラー可愛い。

構成といえば、人物が円で囲まれて画面に入ってくるのも良いです。さっきは立ち絵がいいって言ったけど、三人だとむしろ、垂直に立ち絵を3つ並べるより水平に円を3つ置くほうが安定しますよね。

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ああ、それにしても可愛い、可愛い……。

ところで《天使の場合?》は必ずしも全体を俯瞰する視点ではなく、あれはあれで他の娘さんたちとは独立した物語ととれます。それぞれの娘さんたちの場合において世界はフルカラーで表現されていて、天使の人の視線は反映されていない。唯一、選択の場面でのみ色がおよそ失われます。

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天使の人の話は娘さんたちの話とどこか交わってると捉えるのが妥当と思えますが、娘さんたちの話において、ほとんどの場面で天使の人の視線は絵としては表現されてません。

俯瞰する視点というのは窮屈なものです。三人の娘さんの話を描くにあたって、天使の人らしい表現は最小限、選択の場面でのみ強めに押し出されていて、ほかの場面では匿名の視点か語り手であっても通じそうな表現です。天使の人の物語はそれはそれで魅力的ですが、娘さんのお話を拘束しない向きで捉えておきたいです。これについては作中でもわざわざ断り書きがあります。

祥子「すべて偶然さ。世界を変える? 傍観者(てんし)にそんな力はないよ。人間を無礼(なめ)るなよ」

わざわざ断り書きまで入れてでも娘さんたちを外から眺める者の話を最後に置いたのだよなぁ。

選択肢にカメラや日記のようなアイコンしか描かれてなくて選ぶとどうなるか判らない運任せの進行ならともかく、実際は選択肢にはマウスオーバーでカップリングが表示されるため、そこではやはり僕が好みのカップルを選んで進めているとしか思えないのですが、それはそうとしてあるいはそこに天使が介在していたら、という sacred story でした。

《きみはね》は《君 羽根》(kimi hane)ではなく《You are —》(kimi wa ne)かも知れないというのはBGMの曲名から示される可能性で、それは、天使が誰なのかを問うことであり、Episode.01 のエンディング《Everybody x Somebody》 (xはハート印) で示される、みんなとだれか、あらゆるあなたへ贈られたクリスマスの祝福でもあります。三人の女の子を祝福する気持ちというのは、世界中のあなたを祝福する気持ちに近いくらい、大きいものなのだとしておきたいと思います。

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