ひとりごと,ふたりごと

特別な能力といえば,友恋の荒井翔平は動物や妖精と話をすることが出来る.僕から見ると翔平と動物との会話は片方が何を言ってるのかを伏せた会話である.例えばすずめはちゅんちゅんとしか言わない.翔平はあまり彼らが何を言ってるのかを説明してくれない.しかし説明がなくともこの独り言のようなやりとりはその場の話の流れからだいたい内容を想像することが出来る.そういえば,友人の携帯に掛かってくる電話は友人のほうの言葉だけを聞いていても内容が想像できるものである.飲食店や電車において赤の他人が携帯で話しているのは意味不明で鬱陶しく思うが,あれは相手の文脈に関わりを持つ気がないためであろう.

芽依子と芽依子に憑いた妖精おくくりさまと翔平の三人の会話はズレていて良い.くくりは人の恋の悩みに対してとり憑くが,芽依子はくくりの声を聞くことが出来ないため,そこで翔平の出番となる.自分のことは自分がいちばん判らない,距離をおいて見ている人ほどよく判るもので,恋愛相談なんてその最たるもので・・・なんていう話かと思えば,翔平を介してもやっぱりくくりが何を言ってるのかはよく判らないのだ.ここがおくくりさまのいいところである.

はじめのうちは持て余していたくくりに対して,芽依子はある日,名前を付ける.

「私に憑いているくくりに,名前をつけたんだ」
「へえ,どんなの?」
「『くー』って言うんだ.どう思う?」
「鳴き声を名前にしたのか.いいんじゃないか」

「友達以上 恋人未満」(スタジオメビウス)より

自分の事故とか病気の思い出ってよく覚えてるもので,ある傷に永く煩わされているとそれがその人の持ち物になることがあって,芽依子にとってはるか過去からこれまでのいろんなことをひっくるめたそれは,最後の最後に「私のくー」になる.そしてくーが人の言葉を獲得するというのはやはり別れの瞬間でしかありえなくて,言語化されたものってもう自分から離れるしかないじゃない.

言葉について理屈をこねる点の見つからないスマートさが前作SNOWの美点だったと思うのだが,本作では恋とか妖精とかがえらく言葉臭い.それが芽依子には合っているといえばそうであるが,若干の寂しさは残る.

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