ざまぁカンカンガール

関西で三人娘,ガールズバンドといえばGO-BANG’Sである(いや,北海道だよ?)あのさ,関西ではその昔ざまカンというローカル番組があってね,それのテーマソングを歌ってた.あいに~きてあいに~じゅ~がヒットするよりも前の話.

友達とテレビのこと話す習慣はなかったし,まぁ地味な子だったので家に帰ったら本とか読んで,かといって読書家とゆうほどには読まないのだけど,それでも家にいると薄暗くなってくる17時ごろにはテレビをつけて,居間を少しなりと明るくする習慣が小学生のころからあった.

姉は森脇健児が嫌いだった.

にも関わらず,当時わが家のテレビではざまカンが点いていたのである.

なんの話だっけ.ともかく僕としては例えば次の日中学へ行って,昨日のざまカンでさぁ,というようなことを話すために見ていたのではなかった.

それがたしか自習の時間のことだったと思うのだけど,O君たちが昨日のざまカンの話をしていて,僕はうっかり,それ見てたよとつぶやいてしまったのだ.そうしたらO君たちが,え,見てるの!って大騒ぎをして,僕はとても恥ずかしかった.ともかく小学生からさして進歩もしてないよちよちが中学生の会話に触れたからか,外国にひとりで来てしまったような変な感じがあった.

もう一つ思い出したのも自習の話だ.僕は入学したとき前の席だったKの後ろをけっきょく6年間,鴨の子みたいについて回ってた,そのある日のこと.たぶん,そんなこんなでもなんとか高校生になっていたのだと思う.それで授業が自習に決まって,僕がとってもはしゃいでいたら,Kがなにか無邪気な生き物を見るような目で僕を見ていた,ていうか「無邪気だねぇ」と実際いいましたよ.だけど僕はそのとき,彼がどういう気持ちだったのか判らなかったし,まったくきょとんとしていた.ただ,印象的だったのであれから20年ばかり過ぎても覚えていた.そのおかげでいまようやく,当時の僕のまわりで起こっていた出来事について判り始めている.

いじりいじられ,あほの子,ぼけ,つっこみは関西の当たり前として語られがちだけど,当たり前に届かなくて,そんな風にほたえてる人たちがいるのを遠くから見ることすらできず,つまりはそもそもそういう付き合いや会話があるってことを知らないままに,自分と彼らとの違いすらぼんやりとしか判らない自分がいたのである.

だからこれは,あのころの僕がそのことを知っていたならば,遠くから見ていたかも知れなかった風景なんです.

ゆゆ式 (1) (まんがタイムKRコミックス)

ゆゆ式 (1) (まんがタイムKRコミックス)

中学一年生,3月も終わりに近い早生まれのゆずこが歳の近いゆかりとつるんでいて,このふたりが5月生まれの唯に懐いていることは,同じ3月生まれの僕にはよく判るのです.ときどきまだぼんやりの中にいるゆずことゆかりが,それでも唯といっしょに関西の子供たちとして生きてる様子が,僕には眩しく映ります.

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