なかに入ってきた日々のこと

中学1年生,つまり僕がまだ紅顔の美少年だったころの話である.僕は医者の息子だった彼とふたりで毎朝6時20分の京都行き急行で通学していた.冬にはまだ暗いような,人のまばらな時間帯である.制服姿の子供らを珍しいと思ったのか,ある時から初老の小父さんが挨拶してくれるようになった.彼は大阪で教鞭をとっているらしく,僕らより2分ほど早く駅を出る難波行きに乗ってゆくのだった.僕らはわりと遅刻寸前すべりこみで駅のホームにたどりつくからあまり長い時間話したことはなかった.小父さんはいつもNHKのラジオ英会話を聴いていて,英語についての話をときどきしてもらったような気がする.

この早起きが必要だったのは京都市営地下鉄の竹田乗り入れが完成するまでの短い間で,出発時刻の変わった僕らはもう小父さんと会うことはなかった.いずれにせよ,見知らぬ小父さんが親しげに話してくれたという,それが最初の記憶で,正直なところどのように応えればよいのか判らなかった.

大学2回生,つまり僕がまだよちよちの大学生だったころの話である.僕ともう一人の男はサークルの会誌を創刊するために大学前,百万遍の時代がかった印刷所を訪れていた.自分らでコピーやら製本を手伝えば安くするというので手伝っていた.だから印刷所には僕らふたりと印刷所の親父が三人きりで,黙々と作業をしていた中での話,交渉時からくせのありそうな感じだった親父さんが,不意に,最近の学生さんはセックスどうしてんの,と訊いてきやがる.面食らったのだけどこういう不意打ちに負けてはならないという気持ちが瞬間にわき起こって,ひとりでします,というような事を答えた.大学に入ってからこの頃まで,僕の周りの人物には少々蛮カラな空気が残っていた.

印刷の質がよくなくて3号目からはオフセに変わり,3回生になるとその印刷所を訪れることはもうなかった.所属するサークルも一つになって,僕も周りも一つの色に染まっていった.

あたらしい図鑑

あたらしい図鑑

表紙がよい.

新たに出会い,声を掛けられることは,身体に浸入してくるみたいに感じていた.

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