ラジオ星通信

正月の同窓会で,くだんの漢文の先生の訃報を聞いた.いつも真面目に同窓会行事に参加していないため全く知らなかったのであるが,去年の七夕の日,つまり僕がオランダに居た頃に亡くなられたとのことである.いくら電子メールが通信にかかる時間を短くしても社会的な距離までも都合よく埋めてくれやしない.これはいつかの日本の通信事情とは全く逆の話で,電子メールはラストワンマイルを高速化しているに過ぎず,そのバックボーンには速度差の大きな社会的通信の世界が広がっている.何を言っているんだろう.ともかく,そういう遅れてくる訃報がこのところ何件もあった.訃報が全く行き渡らない話としては「百鬼夜行抄」を思い出すが,僕も妖怪みたいにぶらぶら好き勝手やってるから肝心の話が届かないのかもしれない.

これは,僕がまだころころとした少年だった時分の話である.体育祭のときに紅色のシャツを着ることになって,僕はなんだかそれが可愛くて嬉しくて体育祭が終わって用具を片付ける間もずっと着たままで運動場を走り回っていた.先生に声を掛けられたのはそんな夕暮れ時のことである.「可愛い女の子がいると思ったら,おまえか」と例のよく伸びる綺麗な声で仰るのである.この上なく美しく枯れた老紳士からそんな風に言われたから,僕ははにかんで,そのまま走っていった.教室に帰ったら仲良くしている男の子に「いつまで着てんねん」と怒られた.だけど,あの時ほどひ弱でどんくさい僕が自分の身体というものを誇らしく思ったことはなかった.先生は僕のことを「狼の群れの中に羊が一匹」とも仰った.判ってくれているのだ,と足りない頭ながらに思った.そんな老成したエロスに僕はずいぶん支えられた.一番と言って良いほど怖い先生でもあった.そして,どんな腕白でも素直に話を聞く気になるような信頼できる先生だった.

男子校でよく見かけられる類の風景ではある.どこまで事実だったかも曖昧である.僕はこういう物語的な文章しかかけないので申し訳ないのだけど,それでも精一杯書くと,上のような話もご存命中にしたかった,もう一人の美しい人について.人形の魂がどこから来てどこへ行くのかはよく判らないが,少なくとも人間は死者の行く道を案内してやるわけにはゆかないので,そういうものに託してみるしかない.「からくりからくさ」のりかさんがお友達の人間を浄土送りするのだとすれば,かの人と会話し愛されたキャラクターたちも浄土送りするものだと,僕は祈ってやみません.

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