劇場版AIR (心斎橋パラダイススクエア,2/13)

劇場版AIRを,M氏,中将君と一緒に見てきた.

嘘のない本気を信じる突っ張った青年が,その言葉と向き合うことになるお話.彼は神奈姫と柳也の物語を途中まで聞いて,姫のことを海へ連れて行けない柳也に対して腰砕けと評したが,いざ自分が観鈴にぐっと言い寄られると途端に逃げ出したいような気持ちになってしまう.当時は判らなかったが長森に告白された浩平もこれに近い気分だっただろうか.擦り寄ってくるし,いきなりキスなんかしてくるし,もう逃げたい.怖い.僕も恋だの触れ合うだのよく文章で書くが,実際にされると逃げ出すクチである.

臥せっている観鈴の元から逃げ出して再び帰って来る構図はゲーム版と同じであるが,帰って来るための課題がゲームと映画では大きく異なっている.ゲームでは,ただ人を笑わせて自分の力で誰かを幸せにしたかったということに気付いた往人が,自らに観鈴を笑わせるという問題を課し,子供たち相手に笑いを学ぶことによって観鈴の元へ帰る自信を得る.映画においては観鈴姫のほうから往人に課題が与えられ,それは(こともあろうに)往人から観鈴に対してキスをすることである.自分は人の多いところが嫌い,基本的に旅に生きているという思い,それで行きずりに出会った女の子に本気になってもいいのか,彼女らと交ざって暮らしてもいいのか,ってそりゃあ嘘のない本気を信じる彼なら真面目に考える.いや,考えるんだけど,そんなのやってみないと判んないじゃない,ってね.

キスと比較すればよく判るが,麻枝准の男の子が女の子との絆を確認するにあたっては,どこか的を外した,少なくとも他人からそうやって助言されることはなさそうな行動こそが自分らしいハードルとして設定される.例えば,高熱なのに長森を抱いてみたり,人形劇で笑わせようとしたり.また,映画の観鈴は往人からのキスを望んだが,ゲームのそれは相手から望まれたものではなく,自分で設定したもので,たぶんね,相手が望むことをすれば結ばれるっていう当たり前の流れが当たり前臭すぎてどこか八百長めいて感じられるのだと思うけれど,そんな屈折がある.

そうした屈折を伴わないため,映画での往人の芸は初めから精彩を放っている.子供たちを笑わせることが出来る.その分だけ彼は女の子というやつに窮している.彼の人形劇は子供相手で,そこには子供が喜ぶような下品さもあってとても子供向きであるが,大勢の人の中にいるのが嫌いで子供相手にずっと暮らしてきた男の子が思春期の女の子にぺたぺたされて困らないはずはない.

観鈴に罪はないと思いたいところではある.観鈴が治る見込みのない自分の病のことと神奈姫の境遇とを重ね合わせるのは仕方のないことで,その翼人の伝説がエロティックな代物で,彼女は伝説に想いを馳せるときの熱い胸の高鳴りに引きずられている.映像では神奈姫と柳也との濡れ場の連続であって,伝説に本当にそこまで記してあったのかそれが観鈴の想像であったのかはよく判らないが,それくらいに観鈴は気持ちが盛り上がっていたのだと思う.自転車の後ろの座席から往人にべたっとくっつくときの彼女は,神奈姫と柳也が服をはだけて抱き合うシーンを想像している.想像と実際に出来ることとは初心な彼女ではかけ離れていて,せいぜいキスしたり擦り寄ったりするだけであるが,それでもなお往人に対して大きな混乱を与えたことは想像に難くない.そんな風に思うのは僕が助平すぎるのかと思ったが,同行した中将君によると映画版を全年齢向けにするために3つほどシーンが抜けているように見えたそうである.僕は二人が肌を重ねていたとまでは思わなかったが,同じ方向性で見ている人が居たので安心した.

翼人の伝説は講談風の誇張が感じられてより伝説らしくなっている.例えば神奈姫が矢だるまになっても飛び続けたというくだりである.その姿が痛々し過ぎるためでもあるが,あれはあくまで物語上のこととしておきたい.たびたび登場する襖絵も扇情的で,祭りの賑わいかたを見るにつけても,この地元で粘り強い力を伴って生き延びてきた伝説であるように感じられる.そうしてみると,往人には同情するところもあるが,観鈴としては,巡る夏,大好きなその夏,カメラを持って巡る町,廃校の思い出,その町の物語と自分とが交感した,最後の幸せなひと夏であったと思える.


劇場版AIR公式サイト

中村誠がこのような大鉈を振るうことはないと思っていた.公式サイトにコメントが寄せられているが,パンフレットの出粼統へのインタビューを読むほうが中村vs出粼の様子を窺うことができる.
映画については上記サイトにおける紹介文が気に入っていた.

少女――神尾観鈴は、一人ぼっちの自分と、物語の姫君を重ね合わせていた。病気がちな観鈴は学校にも行かず、友達もいない。この町から出たこともない。でも、いつか自分にも、姫君と同じような出会いが待っているかもしれない…。

僕の感想については「往人には申し訳ないくらい観鈴がお姫様をしている話」と言い換えても差し支えない.

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