異界兵装タシュンケ・ウィトコ,の話.ネタバレあり版.

僕がプログラミングに憧れた最初期に読んでたのが「ルンルンマイコン入門編」(1984年 *1)という漫画でした.

ロボタンみたいなメカと博士と子供たちの話で,恋人のロボ子さんが壊れてしまったのを子供たちが修理してゆく過程がBASIC言語の学習になっています.たしかHello, world!に毛が生えたくらいのプログラムをRUNするとロボ子さんの電子頭脳が起動してハッピーエンドになるんですが,ロボットってそんな簡単じゃないだろうと思いつつも,RUNするたびにロボ子さんが変わってゆく様子にどきどきしたものです.

シンタックス・エラーを越えてRUNが通ったときの突破感は,なにかが始まる気持ちと容易に接続されるのだと思います.両思いの瞬間,告白の言葉はきっと文法を間違えないんじゃないか.言葉はそのときそうでしか有り得ないものが見いだされて正格を為す.もっといえば言葉はただ言葉として,誰が書いたか,そこに何が書かれているかによらず,その正しさによってのみ恋愛を呼び込むというオカルトが在りはしないかしら.恋の呪文がスキトキメキトキスという回文性で保証されるみたいに.

さて,地の文に一人称が登場するという表層的な条件さえ満たしていれば一人称小説は名乗れるだろう.誰が書いたか,どうやって書いたか,何が書かれているかとか知らねぇ.人工実存機関はおそらく見た目が大ざっぱである通りにその程度のルールで始まったんじゃないかな.

人間の私小説がモデルだけど,タシュンケ・ウィトコのセンサーは人よりも高度である.高みから見下ろす360度の視界と壁をも突き抜ける地獄耳を持つウィトコが一人称的に知覚するものは人間の立場でいうなら俯瞰だ.だから,本人から遠く離れてばらばらと活動している学内の人々,軍の人々の暮らしっぷりによってハックされた私小説として人工実存機関は新たな正格を得る.

……みたいな?

えっと,女の子が,停止しちゃった恋人の男の子を修理するために勉強してる話が好きなんだよね.アーシアンの美幸と多紀でしょ,”Hello, world.”の深佳と和樹でしょ.男の子のほうがオーバーテクノロジーで作られてるもんだから直るかどうかよく判らないんだけど,そこを超えてくときにハッキングみたいな元の仕組みの裏をかくようなことをするのかもしれない.そんな風に,範子さんの原稿がなかなか受理されないけれど,ついにはなんらかの正しさに触れて完成したらしい様子が気に入っています.誰がどこにどう手を入れたかとかはどうだっていいの.

あと視界が360度あることもしょっちゅう触れられてるけど聴覚のほうが印象深いな.半ば声として通りすぎてゆくみなさんの様子がそれぞれに好きでした.

異界兵装 タシュンケ・ウィトコ (講談社BOX)

異界兵装 タシュンケ・ウィトコ (講談社BOX)

それはそうとして,薫さんの小説の中では本作がもっとも素敵と思う.

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