レストランのスクリプト

はじめてのオフィスに足を踏み入れるのは心の準備がいる.たいてい,こんにちは,とでも言っておけばいいのであるが,返事がないと心細くなる.こそこそと歩いて,ちょっと顔の向きが合った人に,すみませんが,と腰低く声を掛ける.

レストランにはもう少し決まった流れがあって,戸をくぐれば三分の一くらいの場合は向こうから声を掛けてくれて,席を教えてくれて,メニューがきて,注文して,料理がきて,食べて,レジで支払えばOKであるが,残りの半分くらいはこちらから声を掛ける必要があって,その場で声を上げるか恐る恐る中へ入っていって人を探すか,さらに半分はそうしても返事がなくて途方にくれるか,といった具合である.慣れてくると店に入る前からどういった流れになりそうか予想できそうなものであるが,あいにく僕は店を選ぶのが苦手で途方にくれることが多い.

ここでスクリプトという言葉は脚本の意で用いている.レストランならば自分が行動して相手が応えてくれるという手順についてあまり考える必要のない決まった流れがあって,海外のレストランでどうするべきか(支払いはいつどこで?チップの渡し方は?)なんてことはガイドブックにも書いてある.あるいはスクリプトから外れてしまったとき,玄関に人がいないけれど店の奥のほうにいそうならばとりえあえず聞こえるように,こんにちは! と言えばよさそうである.ここではお店で人の姿が見えない場面における別のスクリプトを用いているとも言える.苦手な僕でも手持ちのスクリプトを増やせばマシになってゆくところがある.しかし,僕らを焦らせたり困惑させるのはむしろ,いま自分がどのスクリプトを当てはめるべき場面にあるかを理解し,またそれを当てはめようとする点においてであると思われる.

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