Tell Me a Story

コンピュータと人が会話できるようにしよう,という動機において,ロジャー・シャンクが1970年代後半から進めたスクリプト(脚本)の考え方は,ある状況において会話の登場人物や発話の内容・順序はだいたい決まっているものなので,その典型的な脚本を用意しておけばコンピュータにとって会話を理解したり生成したりすることが多少容易になるというものである.脚本があればコンピュータは次に何をするべきかあらゆる可能性を吟味する必要はないし,情報の欠けた部分は典型例を用いて補うことが出来る.たとえばコンピュータがレストランのスタッフを担当するロールプレイでは,玄関から入ってくる人間は自分でそう明言しなくとも十中八九お客さんであるので,コンピュータはまずは挨拶したり,その人を客席に案内すればよい.ただし,あらゆる場面でこのようなことが出来るようにするには,スクリプトをどのようにしてつくるのか,ある状況に対してその典型にあたるスクリプトをどうやって探すのかという点が難しくなる.また,典型であるスクリプトを実際的な場面に適用する際の技術的な課題も少なくない.しかし,そうだとしても,ある限定された場面ではうまくゆきそうだという見通しはマクドナルドのレジを思えば得られる.

シャンクはコンピュータ上の知的処理を研究するにあたって,人の知性,とくに記憶の仕組みについて深く検討している.スクリプトは単にコンピュータの会話処理のために考案されたわけではなく,人もスクリプトのようなものを持っており,人同士の会話においてもそれは利用されるという仮説に立つ.人同士の日常会話では,その場で細かな要素(記号)や規則の組み合わせに基づいて話を組み立てるよりは,スクリプトのような既にあるものを利用した簡単な手続きで話が進められる.これは人の知能が単純であるということではなく,人が会話のどの部分で最も知的な処理を行っているかということの問いかけである.1990年の Tell Me a Story (邦題:人はなぜ話すのか)では,スクリプトだけでなく話の内容も既にあるものとした議論が行われており,日常の会話について人の知性が働いている部分とは,その場で話の文章を組み立てる作業よりむしろ,話が記憶され,持続的に修正が行われる過程や,相手の話に対して返答するべき話を記憶のなかから選ぶ過程であるとされる.

Tell Me a Story において,AがBの話を理解するということは,Bの話に関連があるとAが思っているようなAの話を返す形で現れる.このため本書の典型的な例題では,話者が交替するごとに話の中心が伝言ゲームのようにスライドしてゆくことになる.これは,相手が自分の話を理解してくれたと思うのはどんな時かということを考えたときに,単に理解した,と答えられるよりは,相手の経験にあるうちのよく似た話を返してくれたほうがより納得できるし,そこでは多少のスライドについておおらかでいられるものだという仮定に基づく.

シャンクに言わせればワイゼンバウムのEliza(1966)も人の会話における理解のありかたの証左となる.Elizaはテキストベースの対話プログラムであり,ユーザの入力から部分を切り出して修正したり,入力と関連する文を探すことによって返事を生成する.いまでも数多く見られる人工無能プログラムやブログペットの元祖である.そしてここで人がEliza的なプログラムに対して理解力を認める場合,それはプログラムの仕組みよりむしろ,結果としての会話における関連の連なりにおいてである,ということになる.

もちろんここで大切なのは,そもそもの話を記憶するときのことや,うまく引き出すための索引付けや,記憶や索引が時間とともに変化してゆく過程である.それは僕らが生活するうちに常に行われており,とくに誰かと会話したり自問自答するような場合に活性化している.それはそれで大変な過程であるけれど,その代わり,いざ話を引き出して言葉にするときに必要な労力は,従来思われていたよりは楽なものと言えるのである.会話について,その場の即応的な過程よりむしろ日常的に経験されることや考え続けていることを重視する点でシャンクの主張は魅力的に思われる.

日常会話についてシャンクは声や表情,しぐさなど非言語の側面は議論から外しており,また言語の組み立てや会話の進め方にもあまり重きは置かず,話が記憶され発話される点に特化している.シャンクの主張は会話の理論として見ると特殊な部類に入り,むしろ日常記憶やエピソード記憶と呼ばれるような記憶の研究との関連が指摘されるが,僕はこんな風にして日記のようなものを長い間書き散らしてきた結果なのか,会話あるいは会話のように何かを綴るとき,記憶することまたはその一形態として文章を書いたことがかなり重要な過程であったと感じる.

言語的側面についてもう少し補足すると,発話を生成する過程には文法のような還元的な規則に基づく部分も少なくはないし,発話を理解する過程においても同様である.実際,シャンクの理論を実装しようとするとこれらの助けを借りることになる.しかし,いまコンピュータの生成する発話が僕らの経験に沿った見た目に近づいて来ていることには,シャンクが主張してきたことの貢献があったと思われる.自然言語処理の技術全体を眺めるならば,今では電子メールやWeb上で僕らの言葉が電子化されるようになったこと,僕らの言葉を大量に集めて処理できるネットワークとコンピュータの環境が整ったこと,文章を要素に分けて相互の関係にラベルを付ける技術が進んだことによって,僕らの言葉の味わいをそのまま残したような用例ベースの処理が機械翻訳や音声合成で盛んになったという時代にも因った話であるが,シャンクの主張そのものは色あせていない.

Tell Me a Story とおよそ時期を同じくして,シャンクはその理論の知識工学における具体化とも言える事例ベース推論の技術を提案した.これは過去の実際の事例を集積し,事例の類似関係に基づいて新たな問題に関する推論を行う手法であり,今でもナレッジサイエンスにおいて発展的に利用されている.

シャンク自身は現在,人の実践的な学習の仕組みに沿った教育システムの研究開発に従事している.

人はなぜ話すのか―知能と記憶のメカニズム

人はなぜ話すのか―知能と記憶のメカニズム

  • 作者: ロジャー・C.シャンク,Roger C. Schank,長尾確,長尾加寿恵
  • 出版社/メーカー: 白揚社
  • 発売日: 1996/12
  • メディア: 単行本
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